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(株)末廣酒造 嘉永蔵
福島県会津若松市日新町

●再生建築を核としたまちづくり●民間建築物●建築時期:1892-1922●109歳

 会津若松のまちの中で、何度もこの末廣酒造の看板を見かけた。明治から続く酒造会社であり、4棟の巨大な酒蔵と、木造3階建の建物を今も使用している。大空間のいたるところに、使い続けるための補修がされた跡を見ることができた。ただ古いものを残すだけでなく、常に時代にあった使い方を考え、必要な改修を行ってきたため、一連の建物群の中には時代を経て年老いた部分と、新しく付加された生まれたての部分が共存していた。これからは一緒に、古い部分は更に年を重ねてゆくのだろう。

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詳細
所有者の変遷 (株)末廣酒造
設計者、施工者、
その他情報
様式、特徴 明治38年頃の新城大火により新蔵を除き全焼、その後建築した建物である。土蔵のうち新蔵は座敷蔵だが、他の蔵は酒造蔵で内部にはほとんど柱がなく大きな酒造用樽を並べることが可能になっている。しかし2階部分には重量物を置くことができないので無駄が多かった。木造の帳場、住居部分は大家族が住むため多くの居室が設けられ、3階建てになっている。また、現在事務所として使用されている部分には、寒期、仕込み時のみの季節作業の杜氏の宿舎が、2、3階部分に設けられていた。さらにそれらの建物を繋ぐように大屋根がかけられ、大空間を持つ建築郡が出来上がっている。
構造 木造
建物の使われ方 蔵に関しては現役の酒蔵として、座敷蔵は喫茶店になっている。また土間部分の大空間ではコンサートなどの催しも有る。クラシックカメラ博物館を併設している。
年間利用者
歴史、変遷 土蔵が4棟あり、1号庫(3棟の左側)が最も大きく100坪ある。住まいの部分の2階までは明治42年、木造3階建ての方は大正年間に建てられた。建てるために檜の山を買い、東京より宮大工を招いた。明治38年頃の大火(通称:新城大火)により、新蔵(座敷蔵)を除き全焼した。住まいと工場が隣接していた近代化される前の酒造場の姿をよく残している。
地域の思い 大正時代に建てられた、木造3階建ての建物として、広く市民に親しまれている。また、周辺地域を「会津ふれあい通り」と名付けまちづくりに取り組んでいるが、その中心的存在と言える。
再生の目的 景観維持
保存・再生活用
に至る経緯、
地域の意見
手本事例
機能・用途の変更
のための
改修操作
母屋:屋根をトタンにし電気を通して雪に対処、内壁の塗装は一部分新たにしている。照明、煙り探知、非常口灯等設備の設置。土間部分を取り除きアトリウムにした。
座敷蔵:喫茶店にするため、空調、照明、水、電気設備の設置。外壁内壁を塗り直す。開口部分の位置や大きさに変化はないが、サッシの更新ドアの取り付けを行った。床は畳をフローリングに張り替えている。
法規クリアの
ための改修操作
建築基準法はあまり問題になっておらず、むしろ消防法との兼ね合いが難しい。酒蔵を観光客に見せるも、不特定多数が入ることにより消防法に触れるなどの課題があり見学してもらうためには余程の理由が必要だ。
建築の歴史や
記憶を残すために
保存したもの
改修にあたって
現場で発見した
苦労など
改修当時の
法規との関係
文化財等の指定 使い続けていく上である程度の改変は予想されるので、文化財になるつもりはないとのことである。
事業費 6,000,000円
補助金
改修後の声/
今後の展望
その他
参考資料
           
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