| 所有者の変遷 |
帝国繊維株式会社→鹿沼市 |
設計者、施工者、 その他情報 |
熊倉敬次建築設計事務所(改修時) |
| 様式、特徴 |
『石蔵』については、大正初期の建築物で、外壁は鹿沼市で産出される深岩石を用い、屋根は木造洋風トラスト瓦棒引きを採用してる。入り口や窓枠の装飾部分の一部が修復されているものの、当時の形態を留る歴史的重みを伝える重厚な建築物である。帝国繊維株式会社の倉庫として使われていた。 |
| 構造 |
石造 |
| 建物の使われ方 |
石蔵(西棟)を現存のまま改修し、「文化活動交流館」の創作工房(陶芸や木工等)や多目的空間として活用を図る予定。石蔵(東棟)は解体し、その石材を新築施設で再利用する。その他、歩行者の動線確保に、ガランドウにした東棟を利用する案もあった。 |
| 年間利用者 |
|
| 歴史、変遷 |
石造に使われている大谷石は、帝国ホテルに使われたものと同じ時期に同じ山から切られたと考えられている。 |
| 地域の思い |
|
| 再生の目的 |
鹿沼市では、中心市街地の活性化の拠点施設の一つとして、また、市民の生涯学習活動の拠点施設として、「文化ゾーン」の整備を進めている。「文化ゾーン」の整備については、明治、大正、昭和初期を通して本市の主要な経済を担ってきた製麻工業(帝国繊維株式会社)の産業遺産である石蔵の保存・活用を事業の動機としている。(平成8年、帝国繊維株式会社から石蔵2棟寄付)石蔵の活用による活性化や新たな文化振興への期待は大きい。また、土地固有の景観の維持にもつながると考えている。 |
保存・再生活用 に至る経緯、 地域の意見 |
・2つとも解体して新しいものを建てればいいのではという意見もあったが1楝だけでも残そうということで解体を支持する人と和解した。 ・解体された東棟について、地ビールを扱うビアホールなどとして保存される案も出てはいたが、水廻りの改修には法規、財政の面で困難が多いため、解体、部材利用という決定になった。 |
| 手本事例 |
那須歴史探訪館 (隈 研吾) |
機能・用途の変更 のための 改修操作 |
石蔵(東棟)は解体し、その石材を新築施設で再利用する。石造建築当時は、鶴嘴を使って手動で切り出していたため、表面に鶴目が残っているのが特徴。見えるように、外側にして貼る。 ・石蔵(西棟)を現存のまま改修 ・構造体:補強は特になし。(予定) ・設備:電気設備の整備、トイレの設置(予定) ・外部:一楝だけ採光のため屋根に天窓を設置(予定) ・内部:創作工房を設置。これとトイレだけ間仕切りをとりつけパーティション。床は石畳にする予定。(*石造建設当時には内部は3つの部屋を仕切る壁に開口はなく、現在ある扉は後から付けられた。) |
法規クリアの ための改修操作 |
古いものを残し活用していくということについては公共事業としてはまだまだ難しい。 既存の石蔵のもつ空間的な条件として、活用させていくための機能がかなり限定されてしまう。 |
建築の歴史や 記憶を残すために 保存したもの |
構造体:構造体の補強を途中まで提案していたが、ある芸術家のインスタレーション(蝋燭などを用いた演劇)によって、構造体も内壁も新しくせずに使ったほうがよいのではという方向になっていった。 ・外部:地元の大谷の石を用いたファサードでありこの素材感を残すことが一番重要視された。したがって外壁は手を加えず保存。 ・内部:内壁、天井梁は手を加えず保存。 |
改修にあたって 現場で発見した 苦労など |
|
改修当時の 法規との関係 |
|
| 文化財等の指定 |
視察はあったが、指定される可能性は低い。 |
| 事業費 |
30,000,000円 |
| 補助金 |
|
改修後の声/ 今後の展望 |
ソフト事業における市民主体の企画運営組織の検討・財源の確保に今後の課題がある。 |
| その他 |
|
| 参考資料 |
|