| 所有者の変遷 |
|
設計者、施工者、 その他情報 |
|
| 様式、特徴 |
川越の伝統的な町並みは、間口が狭く奥行きの長い敷地が並ぶ形状が一般的。そのため、表は軒を連ねながらも各戸は中庭をとり、敷地の裏手には寺社があるなどの土地利用形態により、商業と住環境を両立させている。景観を構成する核となっている蔵造りの町並みは、明治26年(1893)の川越大火を契機としている。 |
| 構造 |
主体は「土蔵造り」(耐火建築) |
| 建物の使われ方 |
住居から飲食店、物販から集会場などの用途変更を含む場合や、当初の用途のまま現在も使用されている場合など様々。 |
| 年間利用者 |
|
| 歴史、変遷 |
明治26年の大火で1/3以上を焼失したまちの復興にあたり、江戸文化の影響を受けていた川越商人は東京にならい、耐火建築である土蔵造りを採用。明治40年(1907)ごろまでに蔵作りの町並みが形成された。大正時代になると、洋風外観の建物が多く建てられるようになり、以後伝建築に決定された地区および、その周辺には各時代の特色を反映した建築物が共存するようになった。 |
| 地域の思い |
「人の暮らしは町並みをつくり、町並みの魅力は人を動かします。人と町並みは、相互にかかわりあい、いい関係を保つ両者は、変化しながらも、時代ごとにすばらしい文化を築いてきました。伝統が感じられる町並みは、過去から未来へ絶え間なく流れる歴史とともにいつも生きているのです。」(川越伝統的建造物群保存地区パンフレット「未来に生きる町並み」より) |
| 再生の目的 |
|
保存・再生活用 に至る経緯、 地域の意見 |
・昭和40年代後半から市民による蔵造りの保存運動が始まり、同58年には「川越蔵の会」が発足。シンポジウムなどを通して積極的に蔵造りをアピールし、文化財保存と町の創造を推進してきた。 ・地元商店街では、昭和61年に「コミュニティーマート構想」モデル事業として、「川越一番街商店街活性化モデル事業調査」を実施。自主的協議組織として「町並み委員会」を設け、町並み保存と町づくりの自主協定として「まちづくり規範」を作り、まちづくりを実践してきた。 |
| 手本事例 |
|
機能・用途の変更 のための 改修操作 |
|
法規クリアの ための改修操作 |
指定文化財以外は、建築基準三法の対象となり、活用しようとしても、原形を保つことが難しい。 |
建築の歴史や 記憶を残すために 保存したもの |
|
改修にあたって 現場で発見した 苦労など |
|
改修当時の 法規との関係 |
|
| 文化財等の指定 |
|
| 事業費 |
|
| 補助金 |
川越市都市景観条例に基づく、指定建造物への助成制度あり。1/2かつ、500万円以下。 |
改修後の声/ 今後の展望 |
|
| その他 |
以下、川越市環境政策課からいただいた優良事例4件。名称、建築時期、用途変更他。 ・喜多町会館(明治初期) 店鋪→集会所 ・手打ちそば百丈(昭和7/69歳) 物販→飲食 窓まわりや2階の柱型など、アール・デコ調の銅版張りの外壁が特徴です。いわゆる看板建築の代表的な建築で、市役所周辺の都市景観にとって、シンボル的な存在になっています。(登録文化財) ・Benino(昭和2年/75歳) 展示場、郵便局、事務所→飲食店 ・シマノコーヒー大正館(昭和8年/68歳) 物販→飲食店 |
| 参考資料 |
|