| 所有者の変遷 |
和田町+市民団体(第三セクター方式) |
設計者、施工者、 その他情報 |
日本コンサルタントグループ(改修時) |
| 様式、特徴 |
校舎はほとんど取り壊し、建て直した。講堂の内部は学校の頃のままで、第一回卒業生から、120数年間の卒業生の名板が掲示されていたり、初代から歴代の校長の写真等もかざられ、当時の雰囲気そのままである。 |
| 構造 |
木造 |
| 建物の使われ方 |
過疎の町の山間の上三原小が平成7年3月で廃校となり、跡地利用として、体験交流宿泊施設として蘇った。校舎はほとんど取り壊し、学校のイメージを持った宿泊施設として建て直されたが、隣接する講堂については、当時の施設を一部修繕した程度でそのまま残し、体験交流のための多目的ホールとして活用されている。 |
| 年間利用者 |
10,000人/年 |
| 歴史、変遷 |
1873年創立。過疎化には逆らえず1995年3月に閉校した。同地区の人口は300人余。「学校に代わる地域のコミュニティーを作ろう」との声が上がり、94年、同地区活性化実行委員会が結成された。町も国の辺地対策事業債や県の補助金で校舎を改築。97年11月に「くすの木」が誕生した。 |
| 地域の思い |
100戸あまりの一行政区に一つの小学校があったため、地域の催物活動はすべてこの小学校で行われ、地域住民の心のよりどころとなっていた。地域住民の熱意、要望により体験宿泊施設として蘇った。 |
| 再生の目的 |
地域活性化 |
保存・再生活用 に至る経緯、 地域の意見 |
廃校になった時には3つの校舎があり、ひとつは解体。もうひとつは解体の声もあったが、文部省の補助金の問題で取り壊しができなかった。現在はほぼ新築に近い状態で活用されている。講堂も解体する予定であったが、地域の住民が地区のコミュニティーがなくなることを不安に思い、住民の希望で、集会所として残すことになった。 |
| 手本事例 |
役場がディベロッパーに相談した。 |
機能・用途の変更 のための 改修操作 |
昔の学校のまま宿泊施設として活用することも意見に出たが、現代の人には、建物の新しさ、冷暖房などの設備など内・外ともに新しさが求められるため、ほぼ新築同様の改修をした。 |
法規クリアの ための改修操作 |
老朽校舎の再利用は、耐震対策などの課題が残る。 |
建築の歴史や 記憶を残すために 保存したもの |
構造体・外壁・内壁・設備などほぼ変更したので、のこしたものは代々の卒業生の写真や記念誌を編集したものといった、建物以外のものと言える。 |
改修にあたって 現場で発見した 苦労など |
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改修当時の 法規との関係 |
クリア |
| 文化財等の指定 |
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| 事業費 |
約245,000,000円 |
| 補助金 |
房総農業推進事業補助金 |
改修後の声/ 今後の展望 |
・県内でも例のない試みだけに、正否の見当がつかなかったが、初年度の年間宿泊者は予想を上回る2,500人にもなり、各地の自治体が次々と視察に訪れる。 ・宿舎楝は新築同様なので特に困った問題はない。 |
| その他 |
平成10年度、国土庁より全国過疎地域活性化連名会長表彰を受けた。 |
| 参考資料 |
千葉毎日新聞(平成11年1月1日)、産経新聞(平成9年12月16日)
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