| 所有者の変遷 |
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設計者、施工者、 その他情報 |
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| 様式、特徴 |
村落は中心部の宿場と周辺の在郷とに分かれるが、中心部の宿場は本陣(現在復元中)、脇本陣(現在町営郷土資料館・長野県宝)を中心に街区を形成し、江戸時代の面影を良く残している。在郷は散在した農家が主で自然景観とともに、歴史的風致を保っている。 |
| 構造 |
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| 建物の使われ方 |
基本は住家。住家を食堂、土産店、民宿に利用している。 |
| 年間利用者 |
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| 歴史、変遷 |
よみがえる中山道=歴史の道には長い歴史がある。中山道は江戸時代に設置されてから、多くの人々によって利用された。交通機関の発達により、鉄道あるいは車道にとって代わられ、歴史を刻んだこの道も、人々から忘れられつつあった。町では、中山道とその周辺の歴史的景観を残すべく、昭和46年度から、信濃路自然歩道(県補助事業)、続いて53年度には国庫(文化庁)補助事業で「歴史の道」として整備した。こうして、むかし懐かしいこの道は、再び多くの人々に利用されるようになった。(中山道の一部は国の史跡) ・南木曽町妻籠は旧吾妻村妻籠で、保存地区は明治初期の妻籠村とほぼ一致している。旧中山道がこの部落の中央を南北に抜け、また、飯田街道の追分でもあり、かつては交通の要所であった。 ・これらの地域は、国の重要伝統的建造物郡保存地区選定(昭和51年9月4日)され、又長野県自然保護条例の郷土環境保全地区(指定:昭和56年8月17日)となっている。都市計画区域及び、市街化調整区域等の指定はない。 |
| 地域の思い |
地元住民の期待と不安の中で、妻籠復興の夢をのせて始められた集落保存事業は、妻籠全域にわたる宿場景観の整備、宿内施設の充実、あるいは観光客の数字だけをもってはかっても、一応の成果を収めたといえよう。保存事業全般を推進させ、支えてきた力は、多くの方々の温かいご援助、ご理解はもちろん、人々の心の中に歴史的に培われ、受け継がれ、形成されてきた郷土愛にほかならない。 |
| 再生の目的 |
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保存・再生活用 に至る経緯、 地域の意見 |
街並み保存は博物館的な凍結保存ではなく、そこに人が住み、生活しなければ意義がないが、そこに住む住民の意識が最も重要である。住民自ら保存事業の推進をはかるとともに、ふるさと・町並みは自分たちで守るというところから、「妻籠宿を守る住民憲章」が制定された。(昭和46年7月25日) ・目的:文化財と自然環境を保護してゆく意思の確認 ・保存優先の原則:保存をすべてに優先させ、「売らない」「貸さない」「こわさない」の三原則をたてた。 |
| 手本事例 |
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機能・用途の変更 のための 改修操作 |
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法規クリアの ための改修操作 |
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建築の歴史や 記憶を残すために 保存したもの |
妻籠はひとつの村落であり、宿場の内外には公共的な施設がかなり存在している。これらは歴史的な景観という面から見れば、景観上かなり目障りな要素が多いものである。これらの諸施設については、それぞれの機関、団体等の理解と協力によって施設の改善の時期を利用したり、また新築の場合に修景するなどの措置がとられた。 これらの修景事業は法規制や組織的な制約を受けながらも妻籠宿の特性を理解し、協力してくれたものとして大きな意義を持っている。また今後も施設の改良等については、これらの協力が不可欠であり、期待が大きい。 |
改修にあたって 現場で発見した 苦労など |
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改修当時の 法規との関係 |
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| 文化財等の指定 |
・重要伝統的建造物郡保存地区選定(昭和51年9月4日) ・昭和56年8月17日、長野県自然保護条例の郷土環境保全地区に指定 |
| 事業費 |
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| 補助金 |
有り(重伝建保存事業費) |
改修後の声/ 今後の展望 |
・昭和43年から今日までほぼ毎年改修工事を実施している。 ・保存の第一世代が高齢化し後継者への引継ぎが難しい。 |
| その他 |
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| 参考資料 |
・「妻籠宿保存の概要」 妻籠宿保存対策室 ・「妻籠宿-重要伝統的建造物群保存地区概要」 財団法人 妻籠を愛する会 ・「妻籠宿保存地区関係法令集」 南木曽町教育委員会(平成11年4月)
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